パパは適応障害

「適応障害」と診断を受けた自分(パパ)のこれまでとこれからを徒然と書いていきます

信用と信頼

どうも、たまひよです。

 

入院中なので、暇なのもありますが

 

「信用」と「信頼」この違いをご存知でしょうか?

 

信頼しても信用するな」という言葉がある通り

「信用」と「信頼」には明確に違いがあります。

「信用」と「信頼」の違い

・信用

よく目にもすると思いますが、「信用金庫、信用基金信用組合

クレジットやローンでも信用調査とあります。

 

つまり、信用は『過去に対する評価』なのです。

さらに言えば、信用取引においては担保となるものが必要となります。

なにかを得るにはなにかを差し出さなくてはならない。

 

何か条件があってこその「信用」というわけです。

 

・信頼

あまりビジネス上で言葉にすることもないし、文字として出てくるものでも

ないですね。正直、この言葉を使うことって意外と少ないかもしれませんね。

 

信頼は『未来に対する期待』なんです。

無条件、無担保で投資をしたり、ビジネスを教えたりするなんて人はまさに、

信頼関係を築かないとできないですよね。

 

利害関係は信用によって成り立ちますが、人間関係は信頼によって成り立ちます。

 

信頼しても信用するな

とは、相手に対して期待をしても、自分が望む結果までを信じてはいけないということ。

 

信用と信頼の違いがわかったところで、なにが言いたいかというと

僕の会社は「信頼も信用もない」ということです。

 

 

 入院をきっかけに信頼も信用も失った

僕は1月6日に復職し約一か月しか、会社の業務を行っていませんでした。

完全に戻ったわけではなく、リハビリとして仕事をしていたので、各員すべてをCCにいれてメールのやり取りをしていた。それに進捗も随時報告していました。

それでも入院して2日目(入院翌日は祝日)⇒確認事項としていろいろ飛んできた。

 

僕は思う。

なぜ?

メールを追え!

一人でやってたわけじゃないから他の奴を当たれ!

どうして僕に確認する必要がある?

 

まだいい、落ち着くんだ僕…説明すればいいだけじゃないか。

これでひと段落ついて、ゆっくり入院して療養すればいいだけだ。

 

 

これでは終わらなかった。

 

入院して4日目(昨日)の22時頃

意味のわからないLINEが飛んできた。

 

上司A「〇〇さんとかもたまひよさんに聞きたいことがあるとき連絡とる方法が

    なにかないか考えていました。よく考えてみたら転送は電話だけでLINE

    は使えるよね。だからLINEでやり取りさせてもらっていいかい?」

 

僕「はい、確かに僕の会社用携帯は現在転送設定されています。

  しかし、電話だけだとお伝えしております。」

 

上司A「やっぱりそうかー。△△さんに通話しないでLINEできる設定を調べて

    って頼んだんだけど答えがなくてさー。今調べてたんだけど」

 

馬鹿かこいつ。電話だけだって伝えてんだろうが!そもそもLINEの転送設定なんて知るかよ!てかお前はそんなことより他に考えることあるだろうが!だいたい部下に意味の分かんないもん頼んでんじゃねーよ!

 

僕「LINEは使えますので、こちらでできる限りはフォローします」

 

上司A「入院してるわけだから、あまり多くやりとりしないように言っておきます」

 

はぁーどうせならこちらで解決するから安心して療養してください。とか言ってくれ

なぜ、1ヶ月半もいなくてさらには、リハビリとして仕事をしてた僕の業務に引継ぎ、確認の必要があるのかがわからん!

 

そして本日、朝一で全員に僕に確認したいことがあるか一斉送信

全員から「特にありません。というか安静にしててください」

 

ふざけんな!なんかあるから連絡方法考えてたんじゃねーのかよ!

 

結局本日、無駄な確認が一番多かったのは上司Aでした。

と、こんな感じでさすがの僕も堪忍袋の緒が切れまして

 

そのまま社長へ報告をあげました。でも返事がきません。

 

あぁこの会社腐ってんなぁ・・・

 

どうして、その頭を使って考えない?

どうして、確認先が僕以外にないかを探さない?

どうして、自ら動かない?

 

もうこの会社は上司Aと知らん顔の社長によって指示待ち人間が量産されていくんだ

せっかくみんな能力があるのに、もったいない

 

残念だよ・・・元々上の人間に信頼なんてなかった。

でも、もう既に従業員みんなからの信用も失われ始めています。

僕はなんとかその信用を繋ぎとめようと努力していたのに

なんかもうこんなんじゃどうしようもないよね。

会社としては致命的ですよ。

 

漫画の中で、ウシジマくんも言ってました。

「一度なくした信用取り戻すのは、最初に信用作るより大変なんだ」

 

企業は信用が第一

どうも、たまひよです。

 

入院して4日が経ち、絶食5日目。思ったより痩せない。

どうやら思ったより蓄えていたご様子。

 

僕の体重推移

ちなみに身長は172㎝

高校生時代  62㎏ 部活をやっていたのでそこそこ筋肉もついていていい感じ

大学時代   58㎏ サークルは続けて運動はしていたので太ることはなかった

社会人1年目  67㎏ 大学中も、大学を辞めたあとも遊んでいたので太る

社会人2年目  56㎏ 激務(4日/月の休み、残業時間150時間越え)により激やせ

社会人3年目  53㎏ 超絶痩せてた。周りからもう辞めろと言われ、退職を決意

このときに今の妻との間に子供ができたということもあり、激務から解放され

転職活動を開始。

転職活動もなかなかうまく行動に移せず、とりあえず1社受けてみるかという感覚で

受けたのが今の会社。まさか採用されるとは思ってなかったので、僕は恵まれている!と勘違いをして、入社を決意したわけです。

 

その後の体重はというものの

入社1年目  58㎏ ちょっと太ったけど、まだまだ痩せてた

        65㎏ 外食が増え始め、太りだす

入社2年目    74㎏ さらに内勤が増え、移動も基本車の為動かず、太る

 

入社4年目 74㎏ 現状がおそらく僕のMAX値

 

と現在に至ったわけですが、今の会社に入ってから急増した体重により

生活習慣の乱れがあったわけではないのですが、確実に言えるのは運動不足

 

そんなこんなで痩せることを決意すること10回以上、特に変化は起きずに終わる

 

僕の体重推移はどうでもいいわけ。とりあえず、1週間ご飯食べてないから少しは痩せてるよ。そして、その後も食事はセーブされるから痩せるし、筋力も落ちてるから

筋トレもしようと思うし。

体つきはたぶん変わるさ。うん。そう思おう。

 

僕と会社の関係性

僕の仕事は、民間企業に対してのコンサルタント兼営業。専門性が高いけど、正直、グレーなことが多く非常に複雑で、判断が難しい。

ミスパンダにシロクロ付けられたら、たぶんクロな企業がわんさか出てくるはず。

コンサルタントと言いながら、ただ顧客と業者の間に入り、うまくやり取りして、それに見合ったマージンを徴収する。その後も継続して管理をしていくので、いわゆるストック型ビジネスってやつで、至ってシンプルな仕組み。

 

この仕事はある程度の知識を付けて、お話しができれば誰でも務まる仕事だと思う。

 

営業は、基本的に飛び込みはせず、テレアポ、紹介を受けての案件が多い。

新規顧客は楽しい。でもそれだけ労力も使うし頭も使う。数字と何時間もにらめっこしたこともあった。

 

僕は上司Aの下でずっと働いていたけど、営業のノウハウ、業界の知識

たぶん教えてくれてたのだろうけど、正直あんまり覚えていない。

自分で調べ、動き、考える。そちらのほうが知識として得られたものは大きかった。

 

僕は、上司Aから何故か気に入られている。(僕は嫌いだし信用もしてないけど)

だからこそ、うまく利用した。もちろん結果を残していることもあり、僕はどんどん出世街道を歩んでいった。ただ、出世すればするほど上司Aとの距離は近くなっていった。

 

詳細は省くが、管理職ではない僕が管理職のようなことをして、会社の既存顧客の8割を抱え、新人を教育し、周りからの愚痴を聞き、上からも愚痴を聞かされ

 

誰も僕を守ってはくれなかった。

 

吐き出す場所さえなかった。

 

これが、僕と会社の関係性。

心も体も壊れた

僕ならやれる! そう思っていたのは事実

仕事も家庭も順調

 

それが一気に崩れ去ったのが去年。体調不良が続き、あれだけ意欲のあった仕事に対して前向きに考えられなくなった。今まで家に仕事は持ち込まないようにしていたのに、家でも仕事をして、仕事の愚痴を漏らし、妻も疲弊させてしまっていた。

 

そして僕は、壊れた。

 

心の病気「適応障害

体の病気「クローン病(疑惑)」

 

仕事が原因なのは明らかだ。でも、それを労災でなんとかしろとは

思わない。ただ、会社として、二度と僕のように壊れてしまう人を出してほしくない。

ただそれだけを願うばかり。

仕事もできなくなり、お金も入らなくなった。家族を養っていく自信もなくした。

正直、離婚も考えた。そうしたほうが妻や子供の為かもしれないと。

でも、離婚は心の奥底にそっとしまっておいた。妻と娘と離れたら、僕は本当に

廃人になってしまいそうだったから・・・

 

結局、自分の性格ってのは改善できなくて、自分より他人を優先してしまうことは

どうしても直せなかった。

今、みんな頑張ってる。僕のいない穴を一所懸命やってくれている。

だからこそ、僕も早く復帰しなきゃ!

 

そう感じて1ヶ月半の休職を経て、復職。

 

その1か月後、また僕は壊れた。

 

そして入院して今に至る。

 

会社に対する想い

精いっぱい会社には尽くしてきた。必死に既存顧客を守って、新しい顧客も捕まえて

社内の雰囲気も良くなるよういろんな改善をした。

 

これからも会社としてしっかりとした地盤を固めるために動いていこうと思っていた

ちゃんと話も進んでいた。これからだったのに・・・また、僕のせいでダメになった

 

給料は立場や役職で考えれば安い。でも、年齢的には平均以上に貰っていた。

だから文句も言わず、黙々と仕事をした。納得のいかないことも飲み込んで仕事をした。今から転職したって今以上に給料をもらえる見込みなんてどこにもない。

ましてやろくな資格や技術もない。通常以下の営業マンに・・・

だから今の会社にしがみつくしかなかった。

 

でも、会社は僕を守ってはくれないようだ。

 

 

非常に残念だが、僕は会社に対する信用を失った。

原因不明の病

どうも、たまひよです。

 

復職し、1ヶ月が経ちました。

その後の経過と、職場環境について、どう変化していったのか。

また、「適応障害」がどういう方向に向かっていったのかを少し詳しくお話します。

 

先ず、結論から申し上げますと、僕は今、入院をしています。

 

あ、精神的なものではなく身体的なものです。

そもそもの僕の適応障害のはじまりが、お腹の痛みから始まりました。

とりあえずの病名に腹が立つ

いくつもの病院に行っても診断結果は「胃腸炎

ろくな検査もしてもらえず、医者は「胃腸炎」で済ませてしまう。

 

貰うのは整腸剤や胃酸を抑える薬。

 

僕の痛みは、結果的に改善することなく9月から痛み続け11月についにKO

ひどすぎる痛みに耐えられず、また再度別の病院を受診

 

CT、血液検査から大腸あたりに炎症があることが発覚。

更に大腸検査を行い、病理検査も行った。でも、未だに結論には至っていない。

検査をしても、原因不明。大腸に炎症、潰瘍があることは確認できたが、

なんでできたのかは不明。細菌等によるものは病理で除外され、クローンの所見も

なかったが、疑いはあり。

検査をしても結局原因不明で様子を見ましょう。

 

薬を貰っても一時的にしか改善はされず…

 

でも、明確なのは休職中にお腹が痛いと思ったことはなかった。

やっぱりストレスが原因なのでは?と僕は勝手に思ってます。

 

でも、大腸検査後にストレスが原因とかはないですか?

という問いに対して、否定されたことは覚えている。

 

復職して、またお腹の痛みが再発

また、病院に行き、血液検査、CT、大腸検査

 

クローン病の疑いが晴れず、再検査となった。

 

↑これが2月6日の出来事

 

2月9日に出社するも体調が優れず、腹痛もひどく、下痢もあった

いつも担当してくれている先生ではなかったので、

違う先生になった。

 

またCT撮って…おんなじこと説明して…

全部カルテに書いてあるじゃん…

 

そこそこおじいちゃんな院長先生

タイピングが苦手なのか、めちゃくちゃカルテ書くのが遅い

診察時間の半分くらいはカルテの入力待ち

 

そんなこんなで、絶食しないと改善しないんじゃない?

ってことになり、緊急入院となりました。

そして、口にできるのは薬と水のみ。水も空腹を紛らわすようにガバガバ飲まないようにと言われた。

 

結果的にまた2週間ほど会社を休むことになった

 

適応障害

これは、正直復職してから、悪化しました。

会社がどう対処して良いかわからず、当人に判断を委ね、自分たちの意見を発しない。

だから、結局自分の仕事の仕方も、それに向けたリハビリも道筋も全て僕自身が考えて、発信しなくてはならない。

会社という組織は、建前では守ってくれているが、決して信じてはいけない。

自分の身を守れるのは自分だけだということを自覚した。

 

職場環境

僕の職場環境は、一見するとホワイトです。

でも、今の僕にとっては超絶ブラックです。

 

統率のとれず、社員とのコミュニケーションに悩みを抱え、仕事を委ねるはずの管理職

が社内に悪影響であることにやっと気が付くも、自ら動くことをしない代表。

 

社内唯一の管理職でありながら、全くと言っていいほど管理ができない管理職

部下のスケジュールや業務だけでなく、自分の業務も把握できていない。

 

そして、僕がいない間仕事は回っていたはずなのに、復職した途端に、飛んでくる質問の嵐。僕がいない間、いったいどうやって仕事を回していたのか不思議でした。

 

自分たちで考えることをせず、ただ言われたことをやるだけの指示待ち人間が、いつの間にか、僕のいない間に構成されてしまったのです。

 

結局、こうした社内の環境も改善しなくてはならず、仕事は増える一方

残業をしないという条件で復職したにも関わらず、残業をするという意味の分からない状況。

 

でもなぜこんな会社を辞めないかは、みなさんもなんとなく想像つきますよね?

 

今から、僕が全て、掌握してこの会社を動かしていく立場になれるからです。

だから、僕は今がんばらなくてはならないのです。

 

まぁとりあえず、今はなにもできることがないので、おとなしく入院をします。

 

 

 

復職してもうすぐ一か月

どうも、たまひよです。

 

もうすぐ復職して1か月が経ちます。

 

最初は、なんとなく仕事に行ってやれることを少しずつやってという感じで

このまますんなり仕事に戻れると思っていました。

 

なにが怖い?

仕事自体は、基本的な作業をこなすことはできるし、人と普通に会話することができるので、会社ではすっかり元気になった僕がいます。

 

でも、体調が悪くなり、仕事に行かなきゃという気持ちが強ければ強いほど

苦しくて、ダメになってしまいます

 

適応障害とうつの違い

僕の場合は適応障害なので、家に居る時、仕事から離れると元気になります。

なので、ストレスの根源は仕事と言えるとして「適応障害」と診断を受けました。

 

趣味としてカフェに行ったりコーヒーを飲んだりを楽しむことができます。

 

でもある時、家の中でもなにもやる気が起きず、気分は落ち、消えてなくなりたい。

 

そう思うようなときが、復職してから増えてきました。

 

もしかして、僕はうつに向かって歩んでしまっているのではないか?と思うこともしばしばあります。

 

周りの人の理解

ざっくりいうと、僕のことをしっかり理解しくれているのは、妻と病院の先生だけです。とは言っても、妻も病気について調べたりとかではなく、こんな不安定な自分の傍にただただ一緒に居てくれます。

会社でも、僕の病気を知っている人はいますが、結局「少し心を病んでしまった」だけですぐに回復してあっという間にいつも通りに仕事ができるものだと思っています。

実際に僕自身もそう思っていたんですから、仕方ありませんよね。

 

理想と現実

理想と現実は大きく異なり、僕は仕事をすることが、病気を治す一番の最短ルートと考えていました。休んだ期間は1か月半。いろいろやる気が出てきたので、調子が良くなってきたんでしょう。

でも現実は、仕事も満足にできず、会社自体も休みがちで、どんどん卑屈になってきました。

 

仕事を続けること

僕にとって、今の会社は自分の能力もいかせて、且つ周りからの信頼も得られているものだと思っています。でも、今の自分は他の人たちのように思ったように行動ができない。こんな状態で仕事を続けていいの?役に立たない社員をいつまでも会社は置いておけるの?

でも、給料や休みを考えれば今の会社を捨て、別の会社に転職なんて毛頭考えられない。

家族って

妻と娘、そしてこれから生まれてくるこどもをどうにか養っていかなくてはならない

離婚や消えたいなんて考えもありましたが、妻もこどもも愛しています。

僕にとって支えなのに、手放すなんてできない。見捨てられてしまってはどうしようもないですが・・・

それにはどうしたらいいんだろう。

やっぱり仕事するしかないんです。

 

仕事のこと

家庭のこと

 

なんで一人で考えているんだ。相談すればいいじゃない。

簡単には言うけれど、人に相談するって勇気がいるし、僕と同じように問題を一人で抱え込んでしまう人いると思うけど、人に相談するって簡単じゃないんだよね。

 

何事も前向きに

と思うようにしてはいますが、どうあがいても前向きになれないときがあります。

実際、今日も仕事に行けず、家の中でずっと上にあるようなことを考えています。

 

職場の環境のことも考えていかなきゃいけないし

今の自分には、何もできないのかもしれない。

 

本当にごめんなさい。前向きに考えられない。

とりあえず、吐き出すだけ吐き出す・・・

 

 

 

理解者はすく傍に

どうも。たまひよです。

 

適応障害が発覚してから約二ヶ月。

仕事を休んで、考えることがたくさんありました。

 

そして、仕事を復帰してからもいろいろ考えることあります。

 

大義名分

僕が休職中、きっと僕に心配をかけまいと仕事のほうは順調だと会社からは言われていました。

しかし、現場に復帰してみれば、僕が抱えていた案件はいつの間にか頓挫していて、他にもなにかと問題は発生していた様子でした。

 

いろんな方々に迷惑をかけ、自分でも正直なんでこんなタイミングで休んでしまったのだろうと後悔をしています。

 

しかし、誰もが思う「自分がいなくても会社は回る」という言葉を自分に言い聞かせ休職に入った結果、実際なんとか回ってはいたものの、印象としては状況は悪化していると感じました。

 

だけど、今のままではなにも変わらないこの会社を変えるためには、誰かが犠牲にならないとなにも変わらない。そう決意し、僕は休職をすることになったわけです。

 

大義名分という名の言い訳です。

 

でも、今の自分にとってはこれが一番いい方向性となりました。

 

自分の理解者

鬱や適応障害、精神的な悩みは実際になっている人やなったことがある人でないと理解がしにくい病気です。

 

見た目、なにも問題なく見える病気だからです。

 

確かに、拒食や食欲不振によってやせる人、薬の副作用で太ってしまう人、自傷に走ってしまっう人もいますが、僕がなっている適応障害は、環境や人間関係に躓き、ストレスを抱え、それが負担になり心の器からいろんなものがあふれ出てしまう病気です。

 

職場環境が原因だった。

主に上司と部下たちとのやりとり、業務のキャパシティオーバーが原因でこの病気になった僕は、その職場を離れているといたって健康でした。

 

しかし、前のブログにも書きましたが、精神的な病は至るものを併発していきます。

腸炎、潰瘍、強迫性障害と私は確かに併発しました。

 

しかし、人間の自己治癒力というのは素晴らしいもので、休めることによって徐々に回復傾向に向かっています。(実際、仕事をすると毎日胃が痛みます)

 

でも、こんな病気を理解してくれる人がいたら?

 

これのはじまりはTwitterでした。自分と同じように精神的な病に苦しみながらも

頑張って前向きになろうと頑張っている人たち。

僕よりきっと辛い思いをしているはずなのに、仕事をして頑張っている人たち。

 

こんな人たちをたくさん見てきました。

 

本当にすごいと思うし、勇気を貰っています。

世の中にこんな僕を理解してくれる人がいるんだ。

涙ぐんだことも今ではいい思い出です。

 

僕の本当の理解者

これは今、本当に1時間とかその辺の話です。

僕の本当の理解者はすぐそこにいました。

 

数週間ぶりに両親とお酒を飲みました。

お酒の力は意外と本音が出るものです。

 

Twitterにも書きましたが、お酒は思考力を無駄にするとか思考低下になるから無駄とか

お酒を飲み交わすことが時間の無駄とかいう人がいますが、僕はそうは思いません。

 

病気になって確かに薬の副作用もあるのでお酒は極力控えるようにしていましたが、

久々に解禁しました。

 

自分の両親とお酒を飲みながら話をして、改めて自分は恵まれた家庭に生まれたと実感しました。

 

僕の父は、サラリーマンです。御年57歳、現役バリバリの営業マン!ではありません。すでに一度会社を退職し、今では2つの会社の役員をしています。

でも、それまでの道のりは長かったと思います。

僕は、父親との思い出はかすかにしかありません。たしかに長期休暇になるといろんなところに連れて行ってくれたし、大事な時期は傍にいてくれましたが、家に居たという記憶はほとんどありませんでした。

 

そして、僕の母は、現在は専業主婦ですが、昔は某大手メーカーの工場で勤務していました。しかし、あるときから精神的に病んでしまい、仕事を数か月休んでいた時期もありました。でも復職して仕事を続け、僕の子供が産まれると同時に退職をしました。

あのときの辛そうな母を今でも忘れることはありません。

 

そんな母を見て、家にいない父を恨んだり、こんな父親には絶対なりたくない!

と心に誓ったのもそのころだったかと思います。

 

いざ、自分が父親となって、今勤めている会社にも伝えていますが、仕事を1番にするつもりはないです。なにがあっても家庭を1番にして働きます。

それを飲んだうえで今の会社で働いています。これはやっぱり、父親の影響です。

家庭にほとんどいなかった父親を見て、子供や妻に寂しい思いをさせたくないと思ったのがきっかけでした。

 

これは今でも変わりません。

 

そして、現在の仕事は営業職として僕は働いています。

これには一つ理由があります。

僕は父親に言われた言葉が本当に悔しくて、忘れられない言葉がありました。

 

「お前に営業はできない。」

 

本当に悔しかった。見返してやりたいって思って、営業職を希望して就職をしました。

まぁ案の定、その結果病気になったので本当に向いてなかったのかもしれませんね

 

でも、今日父と母の本音というか初めて聞いた言葉がありました。

 

僕は、子供ができてから結婚をして、結婚式をやっと今年挙げられたんです。

なので、今の会社の社長や上司先輩を呼んだ結婚式になりました。

 

そこで、父と初めて僕の職場の人たちと出会います。話を聞き、素直に

僕がこの会社で重要な人材になっているということを知ったそうです。

これは母が言っていて、父が初めて僕を認めていた。と泣いてました。

 

これも初耳なのですが父は、「自分の父親が仕事一本で家庭を顧みない人間だったから、そいつを仕事でも家庭でも超えてやろう」と思って仕事と家庭の両立をしようとしていたそうです。

 

いつしか、僕はそんな父の背中を見て超えたいと思っていたのでしょう

父は大事な時は傍にいてくれました。でもそれ以外は家に居なかった。

だから必然と「いつでも頼れる父親になろう」そう思うようになっていたのかもしれません。

 

だから、仕事も適度にやりつつ、家庭を第一に続けていましたが、今思えば、父と一緒でどうしても家庭を優先できないことが出てきてしまったり、妻に任せきりになってしまっていたりして、うまくできないときがありました。

 

 

あぁ・・・父もこんな気持ちだったんだ。と改めて気が付きました。

 

そして、父も母も僕のメンタルの弱さを知っていたので、営業に向いていないと思っていたそうです。

 

でも、僕の頑張りはしっかりと見てくれていた上で、今の病気になったことも受け入れてくれいます。

 

それでも僕の頑張る道を導き出そうと相談に乗ってくれています。

 

僕のビジネスや心理的な先生は本当に身近で両親だった。っという話です。

駄文失礼しました。

 

うまくまとまらないし、もっといっぱい話をしたので細かく書きたいですが

明日も仕事なのでこんな感じで書きました。

 

明日からまた仕事頑張ろう・・・!

 

リハビリとはなんなのか

どうも、たまひよです。

1月6日から復職をしたものの

子供の面倒を見てくれていた母と妻がインフルエンザを発症し、

仕事を体調面とは関係なく休む羽目になりました。

 

結果 初週 2日半しか仕事に行けませんでした。

結局、僕が休んでた間の顧客とのやり取りを聞いたり、それについてお話したりして

日々の時間は過ぎていきました。仕事という仕事はあんまりしませんでした。

 

とにもかくにも、今は営業マンとして動くことは非常に困難なため事務作業をメインに仕事をすることとなった僕ですが、悲劇は突然とやってきます。

 

あれ?順調に進んでいると聞いていたはずの業務が思ったより進んでいない…

 

あれ?聞いてた状況となんか違う

 

そんなこんなで、結局あれよあれよと仕事が増えていく。

リハビリとはいったいなんだったのか。

 

結局、1か月半していなかったことを急に慣れていた仕事だからとやりすぎたせいで

翌日にはダウン。朝から起き上がることができませんでした。

 

最初からフル出勤はハードルを上げすぎたのかもしれない。

でも、自分で決めたことだし、会社の評価もこれ以上下げられない。

 

そんな狭間で毎日の仕事を乗り切るのがやっとこの毎日。

 

たまーに業者さんと電話すると、体調を心配してくれて

いい人ばっかりなんですけど、これもいつまでも続くわけではないので今のところ

全国からの「お体大丈夫ですか?」を聞くために業者さんとお話ししてます。笑

 

仕事をガンガン振られるわけではないので、リハビリっちゃリハビリなんですけど

 

会社が僕の希望を通してくれない。

当初は確かに営業として戻って少しずつ今まで通りにやっていくという算段でしたが、

今となっては営業に戻ることがすごく怖くて、事務作業だけならと思い

 

給料下がってもしゃーない。役職なくなってもしゃーない。って思い

営業を辞めたいという話をしました。結果、その時は

 

「その話は、またあとでゆっくり話そう」ということになりました。

 

その後も、会社の変わったところといえば、今まで営業マンに出ていなかった残業代が支給されることになっていた。※一時的措置とは言っている。

 

じゃあ、今まで身を粉にして働いてきた自分ははなんだったのか。と悲観的になり

仕事への意欲はほぼ無くなりました。

 

これは後輩くんから聞いたのですが、社長も部長もたまひよさんを営業から外して事務に転向って考えないと思いますよ。たぶん社長の考えてる方向に向かって動いてますよ。とのこと。

 

また、僕にストレスを抱えさせるんですか・・・

本当にこれはここだけ。このブログだけ。

 

適応障害になって、復職して、抑うつ状態になることが増えてきました。

僕が飲んでる薬は、抗不安薬なので、飲んで良くなるわけではないのです。

これはまた次回の通院で先生に相談しようと思います。

 

あとツイッターでも書きましたが、手を洗わないと気が済まなかったり、

子供が遊んだあとの残骸(お片付け前)を見ると、掃除しないといられなくなったりします。強迫性障害とまではいきませんが、なぜか少しずつ潔癖になってきています。

今手放せないものは、手ピカジェル。あとウェットティッシュとハンカチ。

 

業務の量は減りましたが、社内の状況は最悪です。

また、これか・・・結局解決に動かなきゃいけないのは僕なのか。

 

増えるのはため息とたばこの量だけ。

 

本日のいいこと

年末調整が少しばかり戻ってきたので、妻とわけっこしました。

 

あと僕の親友から子供が産まれたと連絡がありました。

おめでたい!生命の誕生ってほんと素晴らしい!

僕に一番に知らせてくれたという点でも本当に嬉しかった。

我が子が生まれたときのように泣いてしまいました。

相変わらず涙腺ゆるゆるなんで、よく友人にも引かれます。

 

明るい未来をありがとう!

僕も明日は金曜日で、社長との個人面談の時間がとれたので、なんとか1日乗り切ろうと思います!

病気を抱えながらの復職

会社の人たちの反応

私の病気が「適応障害」であることは、おそらく社長と部長しか知りません。

でも、間違いなく精神疾患であることなのはわかっていました。

 

会社の人たちからは、恐らく3か月以上は戻ってこないか、もしかしたらこのまま辞めるんじゃないか?と思っていたそうです。

 

実際、そのくらいは覚悟してください。って先生には言われていたんですけどね。

だって私の心の病の原因は、やっぱりこの職場環境と仕事の仕方なのですから。

本当に復職して良かった?

本音を言うと復職はまだ早かったのかもしれません。復職して2日にして忘れていた頭痛が再発しました。気持ちが落ちたり、仕事が手につかなかったり(今はほとんどやることないんですが)ただひたすら、自分がやるべきことを探しながらみんなのお手伝いをしていました。

 

2日目にして、業者や顧客とのやり取りは行っていませんが、休んでいた間の顧客とのやりとりをある程度確認を行ったとき。どうしてそうなった?なんでこうしなかった?

これはなんで進めていないの?と疑問はたくさん湧きましたが、あえて触れることはしませんでした。私が休んでいたせいで結局人手が足りず、うまくまわらなかったんでしょうね。

 

打合せ中、やっぱり出るのは部長とのやり取りが円滑にいかない。どうしたらいいのかわからない。提案を出したいが、その提案をするかどうかも部長を通さないといけない。

 

なんでもかんでも部長の確認をとらなくては動けないという状態にあるそうです。

 

なんでもっと意見や提案を会社全体で考えようとしないのか、自分のところで止めて解決しようとするのかが私には理解できませんでした。

 

また、これか・・・

復職して早々、社内のみんなの御用聞き。

他社員「〇〇から電話があって、これどうしたらいいんですかね?」

私「こうしたら?」

他社員「でも、これも聞かれると思うんですけど、どうなんですかね?」

私「それはこうだからこれも一緒に伝えてみたら?もし自身がなければ事前に〇〇に問い合わせて確認をしたらいいんじゃない?」

 

あぁ、自分でやり取りするほうが早い。結局、仕事が確実に増加していくのが目に見えていました。

 

結局、復職なんて辞めておきゃよかった。と思いました。

 

私はもう営業じゃない

営業を当面辞めると会社に伝えはしたが、結局私の仕事は、なにをすべきかが出てきません。リハビリだと思い、簡単な仕事をしていましたが、社内にいると顧客からの質問や依頼が来ます。それに対して、どうしたら良いかを求められることがあります。

私の立場や仕事のことを会社全体に伝えることなく、私は具体的になにをするのかがわからない状態で仕事は進んでいく。

だから、私からこういう仕事を私がやる。顧客情報は私がすべてまとめみんなが仕事のしやすい環境を作っていく。という形でお伝えすることになりました。

 

どうしてこうなった?

会社の規模が小さく、人手も少ないのが一つの理由

一般的な営業員のイメージ

外に出て、顧客と会って話をして仕事を貰ってくる。

新しい顧客を見つけてアポイントをとって仕事を貰ってくる。

事務所に戻り、それを日報にまとめ反省や課題をだし、次回どうするかを考えていく。

 

当社の営業員

基本的に既存顧客のコンサルを継続していくためフォローをする

顧客と会って話す。特に内容がなくても会いに行く。コストの話が大半ですが・・・

新しい顧客と会う。ヒアリングとデータ収集を繰り返す。

情報の集計、資料の作成、シミュレーションの作成(これ毎回0から作ってる)

業者と顧客のニーズの擦り合わせ、お互いの妥当案を生み出し提案。

 

ざっくりと書きましたが、普通の営業と少し違くて、モノを売るために動くというより

今いる顧客とのつながりを保つために動いていることのほうが多く、しっかりとしたひな形もない状態のため、毎度毎度資料を作っては顧客へ提出し、と業務がとても非効率且つ、営業員の負担が大きいのです。

それをサポートをする営業事務も数名増えて、ある程度営業員の負担は減るかと思いきや、営業事務のやることは限られていて、改善したいところも改善できないでいる。

また、業界ならではかもしれませんが、昔からのどんぶり勘定でだいたいの金額目安で利益をなんとか出してきたというのが、問題点の1つにあります。

だから、明確な料金が定まっておらず、このくらいの人が動いたらこれくらい人件費が発生するからこのくらい貰わないとという計算をしてしっかり出した料金をいただいていたわけではないんです。だから毎回、新しい顧客に出会う度にいくら貰えればいい?などのしょーもない議論が始まります。いい加減決めろよ。って思いますよね。

 

このように、私の会社は定まったものがなく顧客からの問題をどう解決するかをその都度考え、模索し、新しい業者と話をし、解決策を導き出していきます。

そんな間にも別の顧客から問題が発生すればそれを対応してと、どんどん仕事は溜まっていく一方です。

 

業者と顧客の中間にいることもあり、どちらからも要望や文句を言われます。

金額交渉も一方的で、業者は値上げ、顧客は値下げ。どちらも理由は曖昧で

結局板挟みにあって、どうして値上げしてもらえないの?と業者から言われ、どうして値下げできないの?と顧客から言われ、それを解決するのがうちの仕事だろとどちらからも言われ、うちの立場っていったいなんなんだ?と考えることもしばしば・・・

本当に立場が弱くて、顧客からは契約を切られてしまうことを恐れ、業者にも辞められると困るから強気には言えず・・・ただただうちの会社は中間でクッションになっているだけ。こんな会社ないほうが円滑に進むんじゃないとも思いました。実際に必要とせずやっている会社はたくさんあるんですから。

業界としても現在は最悪な時代です。業者は値上げをガンガンしてきます。状況が状況なので仕方がないのです。私たちはたくさんの業者とやり取りをしているため状況をきちんと把握しているため、仕方ないね。で終わります。ただ、私たちが間に入っていて、情報を伝えているにもかかわらず、顧客の担当者が状況をしっかりと理解していないため、値上げを飲まない状況に陥ります。

こうなったらもう最悪です。

 

とにかく今は業界も、私の会社も最悪な状況ということです。

 

きりがないので、この辺で辞めておきます。

今後の目標

社内の状況は最悪です。独りよがりで、もう少しずつ一人で動いていけるはずの部下たちを動かさない上司。私は営業ではなくなったので、私以外の営業を育ててあげたい。

あとはもっと仕事の効率をあげるためにシステム含め改善をしたい。

これが終わったら、私の仕事は完了です。おそらく1年~2年はかかるでしょう。

 

それまでには、他の仕事を探すか、自分で仕事をするか決断しなくてはなりませんね。

私は家庭持ちです。妻と娘が1人。今年の5月にはもう1人お子様が増えます。わんこもいます。守らなくてはいけない家族がいます。

私が潰れてしまえば、家族が辛くなります。絶対にそんな状況は作りたくない。

私は病気と闘いながら、自分で仕事をしていくために準備をしていきたいと思います。